失敗しない新規就農への道|小田原編(2)
野菜か、果樹か。(1)
T君から私の携帯に連絡があったのは、友人Kとの食事から3日後のことだった。
キウイ農家にとって最も重要な仕事の一つである「授粉」作業がようやく一段落した5月の終わり、T君は私の農園を見学するために、小田原を訪れることになった。
当日は、JR国府津駅まで軽トラでT君を迎えに行き、その足で大井町にある私のキウイ畑へと直行。T君はとても礼儀正しく快活なタイプで、「営業マン」「野球部」といった言葉がたしかに良く似合う青年だった。初対面の印象は上々だ。
道中、私たちは共通の知人であるKの話題に花を咲かせた。
私のキウイ畑は小田原の隣町、大井町の篠窪という地区にあり、軽トラがやっと1台通れるほどの細い山道を抜けた先にある。両側に高い樹木が生い茂り、夏の昼間でも薄暗いその山道を進むにつれ、心なしかT君の口数も少なくなっていった。
-俺も最初はそうだったっけ。
2年前の自分をT君に重ね合わせて、少し懐かしい気持ちになる。
最後の曲がり道を抜け、私はキウイ畑の丘の麓にある駐車スペースに軽トラを止めた。
「ここから、ちょっと歩くことになるよ」
用意しておいた長靴をT君に渡し、履き替えるように促した。
「さあ、畑を目指そう」
私は少し緊張気味のT君を先導しながら、なだらかな斜面をゆっくりと彼のペースに合わせて登り始める。
授粉作業から1週間、そろそろ最初の頃に花粉を付けた花は、小さく膨らんでいるに違いない。小さなキウイの実がたくさんなっている風景を見せられるのは、畑を管理している私にとっても嬉しいことだ。
-それにしても、今年は豊作傾向で良かった
みすぼらしい畑を見せずに済むことに、ひとまず胸をなでおろす。
歩き始めて3分後、私たちはキウイ畑の入口に到達した。
T君を畑の中に案内する。
「棚が低いから、頭、気をつけてよ」
この畑の棚は古く、昔の人の身長に合わせて作られているので、近年の成人男性にとってはかなり低い。さらにこれからの時期は、葉や実の重みで、どんどん低くなってくる。この高さに慣れるまでは、とにかく腰痛に悩まされる。
「これがキウイの畑なんですね!」
一面にぶら下がっている小さなキウイの実を目の当たりにして、T君は少し興奮気味にそう言った。
「農業って、畑を耕して種をまくイメージがあったので、こんな風に樹を育てる農業はあまり考えていませんでした」
T君のこの言葉に私も頷く。
たしかにそうなのだ。
農業には、大きくわけて、「野菜」の栽培と「果樹」の栽培がある。
私たちは、「農業」と聞けば、どういうわけか野菜の方を連想しがちだが、果樹栽培も当然、日本全国で広く行われている。
私が今回、T君を、もうひとつの私のメインの作物である里芋畑ではなく、このキウイ畑に案内したのは、そういったことを体感して欲しかったからでもある。
「もし、これから農業をやるとしたら、野菜が良いですか?それとも果樹が良いですか?」
T君が質問をたたみかけてくる。
究極の問題。
これは、農業を始めようと思ったら、まず最初に考えなければならない問題の一つだ。
2年半前、私はこの課題を自らの中で解決することなく、その時の勢いに任せて果樹農家へ弟子入りすることにしてしまった。そのこと自体に後悔はないが、もし、あの時、真摯にこの問題について取り組んでいれば、その後の苦労は多少、軽減されたかも知れない。
野菜が良いか?
果樹が良いか?
T君、その答えは、これから二人で一緒に考えてみようじゃないか。
著者プロフィール
細谷豊明(リブラ農園・代表)/1975年北海道生まれ。イギリス留学後、出版社・編集会社での勤務を経て、食品宅配事業のWebサイト、カタログ制作のチーフエディターに就任。2019年、44歳のときに小田原市に移住し、未経験ながらも農業の道へ。元エディターの経験を生かして、新規就農者の視点から農業の現実をブログにて発信中。小田原市・認定新規就農者。