失敗しない新規就農への道|小田原編(4)
野菜か、果樹か(3)
それまで興味深そうに私の説明を聞き入っていたT君は、話が一段落すると、真剣な面持ちで何やら考え込むしぐさを見せた。
「もう少し、畑の奥の方に行ってみようか」
私はT君をそういって誘導し、途中、授粉不良を起こしている小さなキウイの実を指で落としながら前に進んだ。
「こういう極小の実は、大きくならないから、今のうちに落としておくんだよ。これを摘果(てきか)というんだ。1本の樹に成る実の数を、適正に保つための作業なんだよ」
「ぜ、ぜんぶ、同じ大きさに見えますけど……」
「そうだよね(笑)。でもほら、良く見てみると、形が微妙に違うでしょ。こういうのは大きくならないんだ」
「たしかに。ちょっと違いますね!」
T君の緊張の糸が少し解けてきたような気がして、私はほっとした。
-今日はこの辺にしておこう。
私はT君を昼食に誘い、畑を出ることにした。
この日、私は農業について、それ以上の話をT君にすることはなく、T君からも新しい質問は出てこないまま、“初めての講義”は終わりを迎えようとしていた。
ただ、別れ際、
「細谷さんから伺ったお話、僕なりに調べて整理してみます。また相談をしに小田原に来ても良いでしょうか」
T君からの言葉に、私は笑顔で頷いた。
-彼はどんな農家を目指すことになるのだろうか。
終始、真剣な態度のT君に私はそんなことを考えていた。
農家にはさまざまなタイプがある。
単一の作物を専門に栽培する農家、いくつかの作物を季節ごとに栽培する農家、ひとつひとつの収穫量は少ないながらも、多品目の栽培で勝負する農家。
- 野菜の露地栽培
- 野菜の施設栽培
- 果樹の露地栽培
- 果樹の施設栽培
私が前回、提示したこの4つの選択肢は、実は、農家にさえなってしまえば、一つに絞る必要は全くない。極端なことを言ってしまえば、この4つ全てを選択することだって可能だ。
現に私は、「果樹の露地栽培」と「野菜の露地栽培」を並行して行っているし、時が来れば、「野菜の施設栽培」にも取り組んでいきたい。
ただ、私が「果樹の露地栽培」という専門(スペシャリティ)を持っているように、農業を志す者は必ず、最初に自分の専門分野を選択しなくてはならない。そして、その選択が、栽培する作物や栽培する場所、研修先の選定へと繋がっていく。
本当はそこまで話したかったのだが、初めてのT君には少々荷が重かっただろう。
-次があると良いのだけど。
小田原の街を散策したいという彼を小田原城の前で降ろし、私は一路、自身が農業研修をうけた下曽我に向かった。
予報通り、空が少し暗い。
降り始める前に終わらせなきゃいけないことがある。
著者プロフィール
細谷豊明(リブラ農園・代表)/1975年北海道生まれ。イギリス留学後、出版社・編集会社での勤務を経て、食品宅配事業のWebサイト、カタログ制作のチーフエディターに就任。2019年、44歳のときに小田原市に移住し、未経験ながらも農業の道へ。元エディターの経験を生かして、新規就農者の視点から農業の現実をブログにて発信中。小田原市・認定新規就農者。