『人生の楽園』の出演オファー(決定寸前)がきたのに、絶好のタイミングを棒にふって断ってしまった男の顛末記
【人生の楽園 出演のご相談】
私のもとに、こんな件名のメールが届いたのは、2023年5月下旬のその季節にしては猛烈に暑い昼時のことだった。
キウイフルーツの授粉作業を一通り終えた私は、クーラーの付いていない蒸し風呂と化した軽トラの中で、このメールを受け取った。思わず、スマホを落っことしそうになった。
なぜ、私にこのような話が舞い込んできたのか。そして、なぜ、私はそれを受けようと思ったのか。
ことの顛末を書き進める前に、このブログ記事で私の事を初めて知る方のためにも、私と農業との関わり、取り組み方について少し話しておきたいと思う。
私が農業を始めて4年が経つ。
最初の2年は農業研修生という形で、自治体に認められている農業者の元で働きながら知識や技術を学び、修了後は独立農家として、いばらの道を歩み始めた。
この4年間で、多くの農家(ベテラン農家や新規就農者)にお会いしてきたが、一口に「農家」といっても、経営方法や指向性など、実に様々なタイプの人たちがいることに驚いた。
私は自分のことを商業重視型の「ビジネス農家」だと豪語しているのだが、意外とそういう人は少なくて、どちらかというと、作物の栽培に強いこだわりと信念、プライドを持った職人・哲学者タイプの生産者が多い印象がある。そういう人たちの目には、私などは「なんちゃって農家」のように映っているのかも知れない。
話が少し、脇にそれてしまったが、農業経営のビジネス性を高めていきたい私は、作物を生産することと同じくらい、インターネットでの宣伝・PR活動に重きを置いている。自身の農園のホームページを充実させることや、日々の農業風景を発信しているSNS、各種メディア露出にも積極的だ。
元来、人見知りで超インドア・タイプだったこの私が、仕事のためとはいえ、気がつけば、すっかり、“出たがりオジサン”になってしまっていた。
そんな私の元に届いた一通のメール。
【人生の楽園 出演のご相談】
-マ、マジでーーーっ!?
心臓がビクンと収縮するのがわかった。
私は恐る恐る、メールの本文を読み始める。
細谷様
はじめまして。
私はテレビ朝日の「人生の楽園」を担当しておりますFと申します。
当番組は、毎週土曜日18時から放送しており、毎週1組の方を紹介させて頂いております。細谷さんの活動をインターネットの記事で拝見しまして連絡させて頂きました。
まだ取材決定ではありませんが、もしも番組出演に興味がありましたら、一度お話を聞かせて頂けないでしょうか。
番組の企画趣旨も添付させて頂きます。
宜しくお願いいたします。
人生の楽園・担当F
-ちょ、ちょっと、落ち着け、自分。
ゲキアツの車内で、ぬるいを通り越して、熱々になっていたスポーツドリンクを一口飲んで、私は気持ちを落ち着かせようとした。
-と、とりあえず、麻衣子に連絡だ。
私は、ラインを開いて、仕事中であろう妻の麻衣子にメッセージを送った。
「人生の楽園から出演の相談きた」
妻からは、すぐに返信がきた。
「マジでーーーっ!?」
「いま仕事中。スマホ落としそうになったわ!」
さすがは我が妻。反応が同じ。
その夜、この話題を肴に夫婦で美味い酒が飲めたことは、まぁ、言うまでもない。
ただ、実のところを言えば、このTV出演の話が実現しないであろうことは、容易に想像ができていた。妻もこの話には当初から消極的だった。
なぜなら、
そもそも、「楽園」らしい生活は全くしていない!
しかも、年齢的に若すぎる。
ただ、自分がよく観ているTV番組(しかも全国放送!)から出演の相談メールが来た、ということだけで、大いに盛り上がったし、友人に話すネタにもなった。正直、それだけで十分だった。
とはいえ、一応、メールをくださった担当のFさんには丁寧に返信をし、何度かのやりとりの後、電話でお話しすることになった。
Fさんとのやりとりでわかったのは、この“相談”はあくまでも、出演者候補として、会議資料のリストに私を載せて良いか、ということだった。
-そりゃ、そうだよね。
おそらく、彼らは常に出演者候補を探していて、承諾が得られた人たちを、どんどんリストに登録していくのだろう。そうやって集まった多くの候補者名簿から、都度、編成会議などで適切な人選を行っていく。Fさんは、半ば、申し訳なさそうに、
「まだ、決定ではないのですが…」
という断りを何度も口にしていた。
-候補者リストに載っけてもらっただけでも、すごいわ。
そういうことだったら、と、私はFさんから送られてきたアンケートに、取材を受けることを<想定>して、自分の生い立ちや農業を始めたきっかけ、取材の良いタイミング(収穫時期)などを記載して返信した。
季節はやがて、夏を過ぎ、秋になろうとしていた。
『人生の楽園』の話なんて、もうすっかり忘れていた9月の終わり。
番組担当のFさんから、私の携帯に電話があった。
「11月上旬であれば、取材可能ということで以前、伺っておりましたが、その後、状況にお変わりはないでしょうか?」
そういえば、取材のタイミングとして、私がアンケートに記載していたのは、Fさんが言うように11月上旬だった。
そのタイミングであれば、
- キウイフルーツの収穫
⇒★★★★★画的に良し! - 里芋の収穫
⇒★★★★★画的に良し! - みかんが色づいてくる
⇒★★★★★画的に良し!
と、にぎやかな感じで取材を受けることが出来るだろう、との考えからだった。
「はい、大丈夫だと思いますよ」
「まだ、決定ではないのですが…」
-はい、はい。
-まあ、でも、ここまできたら、ひょっとしたら、3割くらいは実現あるかもね。
そのときは、そのくらいに考えていた。
ところが、10月に入るなり、私の仕事の状況が激変する。
初めての里芋の出荷業務が、想定をはるかに超える激務となり、10月どころか、11月末までその作業が続くことが確実となっていった。今までに経験したことのないような忙しさの中に突入し、身も心も疲弊しきっていた10月半ば、再び、Fさんから連絡があった。
「11月上旬、取材対応はいかがでしょうか。まだ、決定ではないのですが、ただ、今回は8割くらいの確率で話が進みそうです」
-え、8割!?
-決定寸前ではないかっ!!
-でも、無理っ!
-ぜーったい、無理ーーーっ!!
私は、11月一杯、多忙であることをお伝えし、泣く泣く、Fさんにお断りの返事をした。
「申し訳ありません……。今抱えている仕事の都合で取材をお受けするのが難しくなりました」
「あ、そうでしたか」
「今回の件、前向きに考えていたので、残念なのですが」
「承知いたしました」
そんな簡単なやりとりで、私はFさんとの電話を切った。
最後に、12月ならば、一応、取材対応は可能だと付け加えたが、
- キウイフルーツの収穫
⇒★終わってる! - 里芋の収穫
⇒★終わってる! - みかんの収穫
⇒★★★繰り上げ当選!
という、11月上旬とは比べ物にならないくらい見劣りする状況を思い、「これは、ないな」とため息をついた。こういうことはタイミングが重要なのだ。48年生きてきて、それは痛いほど身に染みている。
私は、絶好のタイミングを棒にふった。
幸運の女神には前髪しかない。
そんな言葉を思い出していた。
幸運の女神には前髪しかないので、向かってくるときに掴まなくてはならない。通り過ぎてから掴もうとしても、後ろ髪がないから掴むことができない。
-どんな、髪型やねん。
そんなボヤキを口にしながら、私は「『人生の楽園』に出演できたかも!?」という夢のようなチャンスがあったことを、そっと心の中にしまって、里芋収穫の激務に戻っていった。
一か月後。
里芋とキウイフルーツの収穫がひと段落した11月下旬。番組担当のFさんから、もう何度目か忘れてしまったくらいの再連絡が入った。
「12月中旬に取材のお願いをしたいのですが」
「はい。・・・ん?・・・それって?」
「決定です」
「え? えーーーっ!?」
・・・幸運の女神にも、もみあげくらいはあったらしい。
著者プロフィール
細谷豊明(リブラ農園・代表)/1975年北海道生まれ。イギリス留学後、出版社・編集会社での勤務を経て、食品宅配事業のWebサイト、カタログ制作のチーフエディターに就任。2019年、44歳のときに小田原市に移住し、未経験ながらも農業の道へ。元エディターの経験を生かして、新規就農者の視点から農業の現実をブログにて発信中。小田原市・認定新規就農者。
人生の楽園までの道のり、楽しく拝読しました
細谷さんの過去の経験上の画的な構成が狙い通りにいかなかった、リアリティな放送を視聴するのも楽しみです😁ちょっと意地悪かしら…
幸運の女神さまの髪の毛、ロン毛のようですね
しっかりつかまえて、益々の豊作とご繁栄を~
でも、どうぞ体調第一で!
コメントありがとうございます!
放送、お楽しみに!
なげえよ、と思いながら、最後まで読まされてしまいました。面白い!!!農業を初めて4年になるんですね!!!すごいです。無口な男から出たがりおじさんに変わってまで初志貫徹されようとする姿に感動しました!
おー!先生、ご無沙汰してます!
自分でも、なげえよ、と言ってます(笑)
だいぶん、同じこと繰り返し言ってますしね。1/3は削れますね~!(笑)
少し冷ましてから、添削しまっす!
コメント、ありがとうございました~
添削して、すっきりさせました~。
ついでに、最後の画像も替えときました(笑)
オチが素敵です!